2020/1/17静岡地裁 第4回旧優生保護法裁判

13:00学習会
  1月17日(金)、第4回旧優生保護法裁判開始前の13時00分から、県弁護士会館でこの裁判に関わる裁判用語の第2回学習会を行った。最初に静聴協小倉事務局長が裁判で使用する用語をパワーポイントの手話動画で映し出し、中田祥子弁護士が解説を加えていった。青柳恵仁弁護士が「民事と刑事の違い」について説明、手話単語は、弁護団も出席者も共に表した。続いて、青柳弁護士がパワーポイントを使用し、例を用いたりクイズを行って解説を加えて行った。

14:30裁判
 弁護士会館から地裁まで行進を行い、入廷した。今回は傍聴希望者が多かったため抽選となり、52名が傍聴し、漏れた者は隣接する弁護士会館にて待機した。佐野雅則弁護士は、原告準備書面3で以下の意見を述べた。(抜粋)

 国による旧優生保護法に基づく不妊手術の強制は、昭和24年の法務府見解が端的にその考え方を明らかにし、昭和28年、厚生省から各都道府県知事宛に「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことが公益上の目的であり、「この手術を行うことは、真に公益上必要のあるもの」との考えに基づき、「当然に本人の意志に反しても、手術を行うことができる」、「身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔(だますこと)の手段を用いることも許される場合があるものと解すべきである」と明記されている。

 この考え方に基づき、この法律の制定及び施行により、立法府をはじめとする国がしたことは、人間として価値のある者と、価値のない者の命の選別。

 これは、単なる子供を産む自由、リプロダクティブ権の制約としてのみ捉えることはできない。人間としての価値のある者と、価値のない者との選別の目的のために、障害者などの身体を侵襲し障害を負わせ、身体的完全性なり身体的健康を侵害するという身体に対する重大な侵害行為。強制優生手術により、被害者は、どのような被害を受けたというべきか整理をする。 ①憲法13条で保障されるリプロダクティブ権という性と生殖の権利、自由の侵害 ②人間の尊厳の基盤として人格及び人格的自律性を支える身体(身体的完全性)の侵害 ③身体を有し、生殖により子孫をもつという生命の本質の侵害

 憲法13条にある「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」には、まずは一般的な行動の自由が保障されている。一般的な行動の自由は、広範囲にわたって相互に衝突する可能性があるため、国家は摩擦を最小化するために様々な法令を社会生活上のルールとして設定する必要がある。いわゆる「公共の福祉」と両立すべきことは明らか。これに対して、基本的人権には、個人の自律の核心にかかわる、個人の自律を保障するいわば「切り札」としての権利が存在する。永久不可侵の権利であって、公共の福祉によって制約されるものではない。

 最高裁判所の判断も、このような個人の自律性、尊厳原理を切り札とする人権論の考え方と共通する方向性を示している。

 以上のような「切り札」としての憲法上の権利の侵害に対しては、国家が救済をしなければならないのであって、憲法の下位規範である立法によって制度化される消滅時効とか除斥期間によってその義務が喪失することは背理である。本件のような重大な被害についての国に対する損害賠償請求権に消滅時効や除斥期間の適用は想定できない。

 この判断は、国際的にも決して特異なものではない。国際刑事裁判所に関するローマ規定は、その管轄に属する犯罪として「集団的殺害犯罪」及び「人道に対する犯罪」を規定している。
 本件強制不妊手術は、聴覚障害者を含む障害者の集団の全部または一部に生存の意義を認めず、その集団自体を破壊する意図をもって法制化され実施されたものでまさに集団殺害犯罪に匹敵する。そして、障害者の身体の完全性を侵害する不妊手術を強制することは、同規定が列挙する集団的殺害犯罪行為にも該当する。「強制断種」は、人道に対する犯罪として断罪されているのであって、まさに本件強制不妊手術はこの人道に対する犯罪行為にも該当する。これらの犯罪としての責任追及は時効にはかからず、本件被害の救済に関し、消滅時効及び除斥期間の適用自体認められない。

 仙台地方裁判所は、優生保護法の違憲性を認めつつ、裁判所による被害救済を認めなかった。これは、侵害された権利の重大性に対する圧倒的な理解、認識の不足。国家により、個人の尊厳、個人の自律の核心が、身体的完全性を損なう態様で侵襲されたにもかかわらず、救済されないとの結論は、多くの市民の常識に反し、大きな失望を与えた。裁判所に対して再考を求める。

15:00報告会
 報告会は、平下愛弁護士の司会で開始。冒頭に静岡県強制不妊手術特別調査員会制作の応援動画が流れ、大橋昭夫弁護団長が「旧優生保護法による手術は国による犯罪。裁判所に佐野弁護士が立派な準備書面を提出。私たちだけでなく、静聴協や被害者の方、憲法学者など多くの方々の応援がある。私たちがこの問題の礎とならなくてはならない」とのあいさつを行った。 続いて、佐野弁護士が準備書面3、4について説明を行った。「今後は、被害の裏付けの証拠や書面を提出する。今回は憲法や国際条約に関する文献も提出した。国からも準備書面の提出があった。今回提出した書面は、当初訴えてきた国会が救済する法律を作ることをさぼってきたことだけでなく、今までと異なる主張をした。前回の報告会で、この問題がなぜ起こったかを確認した。立法不作為だけでなく、この法律が障害者に何をしたのか?それが本質。旧優生保護法がしてきたことが問題」と組み立てをした。  諏訪部史人弁護士は以下、解説をした。「準備書面3。これまでの主張、仙台判決に疑問。仙台では憲法違反としたが、裁判所が損害賠償を認めさせることができないと。本当に被害を侵害されたのは子を産むという行動の制限だけか?この法は、不良な子孫が生まれることの防止が国の大事な目的とした。そのために強制不妊手術は真に社会的、公益上に必要と。当然に本人の意思に反して拘束しても、麻酔や薬を使用し、騙して手術をさせても許されると厚生省が公言。この考えに基づいて手術が行われた。人間として、自分の生き方は自分で決める。一番根本的なこと。それを侵害した。人間の精神や行動を奪われた。『歩くな!』と両足を切断するのとどこが違うのか?『ことばを話すな』と言って舌を抜くのとどこが違うのか?旧優生保護法は行為の制限ではなく、人間としての価値が奪われ体を傷つけられる行為。軽くみるなと言いたい。憲法では、大きく二つのことが言われている。

 ①一般的行動の自由
 ある自由が他の人の権利と抵触することがある。大声を出し権利を主張すると他の人は嫌がる。これは調整されなくてはならない。法律によって調整される権利がある。

②法律による制限が許されない権利
 自分の意志で生きていく。決め方を侵害。法律で制限できない権利。切り札としての権利。これを侵害されたら生きられない。必要不可欠な権利。憲法の教科書にある。これは制約してはいけないもの。切り札としての権利を侵害されたら、生きていけないというものが切り札。この救済は何年と決められない。ナチスはユダヤ人をたくさん虐殺。強制断種。人道に反する。これを追求する裁判に時効はない。仙台では時間(除斥期間)で負けた。権利は時間で消滅しない。佐野弁護士作成の準備書面3は、皆さんの怒りをまとめたもの。準備書面3では、本件で期間制限を問題にすべきでないと主張した。準備書面4は、万が一、期間制限の問題が出てくるとしても、20年の期間は経過していないと主張するもの。準備書面3で述べたことにしたがえば、これを問題にするのは意味がない。
 この壁を乗り越えなくては。20年とはいつからか?法律は悪いことをした時から。そうすると手術を受けた時からになる。学説、裁判例で認められてきている。行動を起こすことができなかった。この問題が違法と分かったのはいつか?どの時点ではっきりしたか?平成29年2月、仙台の問題を取り上げてそこから行動を起こすことができた。20年を除斥期間ではなく時効と考えると被害者が誰にやられたのか分かった時から。20年を適用するのは憲法違反。法律的にも正しい」と権利主張した。
 報道機関からいくつか質問がなされ、その後、前田智子静聴協事務局次長から1月16日の東京裁判での被害者と姉の尋問の様子が報告された。
 会場からは、「出生前診断に対する危惧」についての意見や「準備書面にあるホロコーストような大量殺人には時効がないとされるが、条約を日本は批准していないのか?」や「立法は国会議員の仕事であるが、国会議員はどんな思いで法律を作ったのか?」などの質問が出された。前者の質問に諏訪部弁護士は「日本は大量虐殺禁止には10数年前に批准。世界的にみると遅い批准」、後者には笹沼弘静岡大学教授(憲法学)が「国会議員は、戦後の健康で文化的な国というのは障害者がいない国、これが日本国憲法と一致すると考えた。旧優生保護法を成立させた国会議員は亡くなるか一線を退いた。旧優生保護法について十分理解できなかったのか問題の深刻さに気付けなかったのか。障害を持った女性が国連のカイロ会議、イスラム圏で同法について訴えた。日本は大変な非難を浴びた。国会では同法について議論してこなかったから、今、裁判をやるしかなかった」と答えた。